<天然木曽檜をはじめとし多種多様の原木と製品の木材市売りを行っています。>
ひのきのふるさと 信頼ある良質木曽材 原産地木曽官材市売 国有林土場活用委託販売市売 平成17年度定例市日 木曽官材市売協同組合 地図(薮原・氷ヶ瀬・上松・焼笹・野尻・三殿)
昔人たちが未来である私たちの事を思い
大切に残してきた木曽の森林。
今は私たちが将来のことを考え
森林を守り育てる番です。 木曽川の支流阿寺川の豊富な水
木曽森林には江戸時代からの
森林保護の歴史と同時に
木材運搬の歴史があります。

江戸






明治

木曽式伐木運材法


信州しなのの国、木曽を出発とし尾張国白鳥湊(現在の名古屋市熱田区)まで、山深い木曽谷よりたくさん切り出される木材を効率よく運び出すことはできないものか?と考えられたのが「木曽式伐木運材法」です。この方法は木曽地域の高低さのある地形をうまく利用した木曽川支流・本流による流送する方法でした。
「伐倒」→「山落とし」→「小谷狩」→「大川狩」→「笹流し」と5段階渡り作業をし、「大川狩」では丸太に人がのり、危険を伴いながらも木曽川の流れによって木材をうまく誘導する高度な職人技が必要でした。

▼伐倒後、墨打の様子
大正

森林鉄道による運搬


江戸時代から大正初期まで、木曽川を利用した「木曽式伐木運材法」で、木材運搬されていましたが、木材の損傷や洪水による流出が多いなど問題を抱えていました。
長大な天然檜の質を損なうことなく大量に安全に輸送しようと考えられ、大正5年(1916年)より小川森林鉄道を走らせました。
そして、木曽谷一円に網の目のようにレールが敷かれていきました。
森林鉄道は木材運搬のみだけには留まらず、山深い木曽谷にすむ人たちの交通手段と物資の輸送など、さまざまな面で、昭和50年5月まで60年余りにわたって活躍し人々に利用されていました。


▼駅風景


森林鉄道のおかげで、木曽の産業革命といわれるほどに林業は発展し、人々の生活を支えていました。
昭和

トラックによる輸送


昭和30年代になると、自動車の発達と土木技術の進歩により、林道開設が進められ、森林鉄道による運材と自動車による運材が併用して行われるようになった。
その後、さらに林道の開設が進むに従って次第に森林鉄道は廃止され、昭和52年には木曾谷から姿を消し、効率的なトラック輸送に切替わった。
トラックでの輸送は、山深い山元の集積場で木材を積載し貯木場まで運搬できる合理性があり木材運搬の主流となるのに多くの時間は必要ありませんでした。
▼トラックによる運搬作業
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